Free Prior Informed Consent という言葉がある。
先日のFOEイベントでも繰り返し出てきたが、
プロジェクトで影響を受ける住民が居る場合に、
彼らのFPIC が満たされない限りプロジェクトを行うべきではない、
というのがFOEをはじめ、多くのNGOの主張。
先住民が住むコミュニティに対して使われることが多い言葉だが、
これは先住民に限らず、全てのプロジェクトに適用するべきというのも
多くのNGOの主張である。
一方で、同じ C でもConsent ではなく Consultation を使うのが世界銀行。
例えば、採取産業に関わるプロジェクトについては、
... An extractive industry project must secure the “broad support” of
affected communities through a process of “free, prior, and informed
consultation” in order to be eligible for Bank financing.
とある(1)。 Consent という言葉を使いたがらないのは、それが住民に対して
事実上の「拒否権」を与えてしまうから、という風に解釈されることが多い。
例えば、鉱山開発やダム建設で住民移転が必要になった場合。
Consent が必須要件だった場合、仮に一人でもプロジェクトに反対する
住民がいた場合に、そのプロジェクトは実施できないことになる。
あるNGOが住民にお金を渡して、頑張って居座ってもらっていた
というケースも過去に実際あった。 そのケースでは、結局その住民は
NGOからも金銭援助を貰い、最後には立ち退き料を貰って、
いわば二重に補償してもらったわけだが、世銀が避けたいと思うのは
まさにこういう事例だろう。
ただ、これはConsentの対象を個人だと考えるから起きることで、
その対象が当該コミュニティだと考えれば、個人の拒否権という問題は
出てこない。 実際、ILOはFPICを個人ではなく
コミュニティ全体に与えられた権利だと定義している。
The right of communities ‘to exercise control, to the extent possible,
over their own economic, social and cultural development.’
ILO 1989, Article 7(1). Consent does not require unanimity among
all the members of a community. Rather, consent should be determined
pursuant to customary law and practice, or in some other way agreed
upon by the community.
コミュニティが意思決定をするやり方は、それぞれ異なる。
投票して多数決で決めるコミュニティもあるだろうし、
異なる意見がある場合は、代表が決める、という場合もあるだろう。
一方で、全員が納得するまでひたすら話し合って決める、
というケースもある。 以前聞いたソマリランドの事例では、
全員のコンセンサスが取れるまでひたすら話し合うのだという。
そう考えると、そのコミュニティの住民一人が合意していないから
FPICの原則が満たされていない、だからプロジェクトは中止すべき、
というのは、ちょっとConsentを拡大解釈し過ぎと言えるだろう。
仮に、多数決で物事を決めるグループがあったとして、
その中の個人にVetoを与える、というのは、
そのコミュニティ本来のあり方を否定することでもある。
一人一票、拒否権アリ、という制度をところ構わず導入するのは
無理があるし、制度的に、これが濫用される可能性は否定できない。
例えば、あるプロジェクトを中止させたいと思ったら、
その地域に住んでいる誰かにNoと言ってもらえばそれで済む。
説得するなり買収するなり、やり方はいくらでもあるだろう。
だから、FPICの対象は個人ではなくコミュニティ全体になる、
というのがILOの定義なのだが、一方で、この定義が上手く機能するのは
コミュニティの意思決定プロセスに、ある程度社会的弱者の声が
反映される仕組みがある場合に限られる。
例えば、少数の代表者やエリートがコミュニティの意思決定権を
握っているとする。 そんな彼らが、彼らの利益にはなるが、
コミュニティの大多数、あるいはマイノリティにとっては
マイナスの影響が大きいようなプロジェクトを実施したいと思った場合には、
そこにある意思決定メカニズムにそのまま乗っかって、
コミュニティは合意しましたよ、と言ってしまえることになる。
この場合、守られるべき弱者の利益はまったく無視されるが、
「コミュニティ」はプロジェクトに合意した、という事実は残るのだ。
上記のようなケースの場合は、例えばConsentの解釈を少し広げて
社会的弱者により大きな「声」を付与するような仕組みが
必要になるだろう。 結局のところ、Consentについても
「誰」が「どこまで」、というのは、その場その場でコミュニティ全体の利益が
守られるようなやり方を随時採用していくしかないわけで、
consultationかconsentかどちらか、というような話ではなくて、
その内容を、具体的なケースに合わせて詰めていく作業が必要なのだと思う。
もちろん、そのためにはコストが発生するのも事実だけれど、
それこそ、WRIが言うように (2)、そこから得られる利益はそのためのコストは上回るはずだ。
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1. World Bank. 2004. Striking a Better Balance—The World Bank Group and
Extractive Industries: The Final Report of the Extractive Industries Review

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